【初心者向け】タイの歴史まとめ|5つの時代背景と今訪れるべき聖地・遺跡
タイの歴史は、北から南へと都を移しながら、独自の文化と「自由」への誇りを積み上げてきた道のりです。
それぞれの時代を象徴する場所とともにその歴史をまとめてみました。
0. 黎明期:タイ族の南下と文化の混ざり合い(紀元前〜13世紀)
【北部・チェンセーン、東北部・バーンチエン】

「タイ」という国ができるずっと前、この地にはすでに高度な文明が存在していました。
タイ族の先祖は中国南部から肥沃な大地を求めて徐々に南下し、先住のモン族やクメール帝国(カンボジア)の文化・仏教を吸収しながら、北部の山岳地帯に小さな集落を築き始めました。
世界最古級の土器が見つかった『バーンチエン遺跡』やメコン川沿いの最北の古都『チェンセーン』
ここでは、タイの源流とも言える力強いエネルギーを感じることができます。
1. スコータイ王朝:幸福の夜明け
(13世紀〜15世紀)
【北部・スコータイ】

13世紀、ついにタイ族がクメール帝国の支配を脱し、初めての独立国家を築いたのがスコータイです。
「幸福の夜明け」を意味するこの地で、タイ文字が作られ、現在のタイ文化の骨格が完成しました。
王が国民の声を直接聞く「父と子の政治」が行われた、理想郷のような時代です。
『スコータイ歴史公園』
池に映る優美な仏像やしなやかな曲線美を誇るスコータイ様式の寺院跡は、タイ人の心のふるさととして大切に守られています。
2. アユタヤ王朝:世界を魅了した黄金の都
(14世紀〜18世紀)
【中部・アユタヤ】

14世紀、舞台は中央平原のアユタヤへと移ります。
四方を川に囲まれたこの街は、400年以上にわたって東洋最大の貿易拠点として繁栄しました。
日本を含む世界中の商人が集まり、国際色豊かな文化が花開きました。
しかし1767年、長年の宿敵ビルマ軍の猛攻により、壮麗な都は徹底的に破壊され、王朝は終わりを迎えました。
『アユタヤ歴史公園』
木の根に包まれた仏頭で有名な「ワット・マハタート」など、破壊された跡がそのまま残る遺跡群が、往時の繁栄と戦争の悲劇を今に伝えています。
3. トンブリー王朝:不屈の復興
(1767年〜1782年)
【バンコク・トンブリー地区】

アユタヤ滅亡後のどん底から国を救ったのが英雄タクシン王です。
彼はわずか15年という短い期間でバラバラになった国を再統一し、現在のバンコクの対岸にあたるトンブリーに都を置きました。
現在のタイの繁栄があるのは、この時の超高速な復興があったからこそです。
『ワット・アルン(暁の寺)』
もともとはトンブリー王朝の王室寺院。
チャオプラヤ川にそびえ立つ大塔は、不屈の復興を象徴するバンコクのシンボルです。
4. チャクリ王朝:独立を守り抜いた奇跡
(1782年〜現代)
【バンコク・ラタナコーシン地区】

1782年、都は川を渡り現在のバンコクへと移りました。
これが現在まで続くチャクリ王朝の始まりです。
19世紀、東南アジアが次々と欧米の植民地になる中、タイは卓越した外交力と近代化によって唯一、独立を守り抜きました。
この誇り高い歴史が、現代のタイ人の強い愛国心と「微笑み」の源になっています。
『ワット・プラケオ(エメラルド寺院)とグランドパレス』
タイで最も神聖な場所であり、豪華絢爛な建築は現代まで続く王室の威信と、タイという国の気高さを象徴しています。
歴史を知ると、タイの旅はもっと深くなる
タイの歴史は、常に「新天地」を求めて南へ動き、困難にぶつかるたびに新しい都で再起を図ってきた歴史です。
次にタイを訪れるときは、その場所がどの時代を通り、どんな物語を伝えているのか。
そんな視点を持つだけで、目の前の景色がぐっと鮮やかに見えるはずですよ!
さらに深掘り!タイと隣国の「複雑な関係」とは?
華やかな歴史の裏側には、今もニュースで流れる隣国(ミャンマー、カンボジア、マレーシア)との数百年続く「因縁」も関係しています。
なぜ今も格闘技の起源や国境で揉めるのか?別記事にする予定です!

